目的に応じた語学留学の使いわけ
しかしファイルを読んでいくうちに、「格調の高い英語による手紙」というのは、そこで使われる表現もさることながら、それよりもむしろ内容の問題だということに気付いた。
ファイルに残っていた手紙の文章は、たいへん丁寧でありながら、しかもよく心がこもったすてきなものばかりだった。
たとえば礼状の場合、ただ単に「ありがとう」というお礼の言葉だけでなく、その相手が自分に何をしてくれて、自分がどれほどうれしかったかがきちんと書いてある。
日本人はとかく会話が下手だ、などと言う向きもあるが、会話だけでなくて文章によるコミュニケーション能力も、平均的には欧米人のほうが優れているのではないだろうか。
これは何も英語に限ったことではない。
私自身、国語の時間に手紙の書き方などを練習した記憶があまりないし、いざIさんの手紙を書こうとしても、どういう要素を入れるべきか、なかなか思い浮かばないこともよくあった。
手紙など長々と書かないで簡潔なほうが良いという考え方も、一面では正しい。
しかし、それはけっして、手紙に盛り込むべき要素を省いてもよいということではない。
もちろん、「5WIH」だとか「起承転結」といった原則に従うといった点も大切である。
しかし、効果的なコミュニケーションにとって最も大切なことは、相手に対する感謝の念や思いやりの心が十分に表れていることだと思う。
後年、Iさんの英語屋の仕事を終えて異動するときに挨拶状を出したが、このときは一介のヒラ社員に過ぎない私ごときに対して、Iさんの海外の知己の方からずいぶん丁寧なお返事をいただいた。
参考までに、そのとき個人的にいただいた手紙のうち、たまたま手元に残っていたものから一部を抜粋して本章の最後に掲げておく。
内容のある「格調の高い英語」で書いた手紙とはどのようなものか、この例からお察しいただければ幸いである。
手紙には必ず目を通していたIさん。
英語屋をしていた私の席の近くには、Kさんという実に頼もしいニューヨーカーのおじさんが座っていた。
Kさんには英語の表現や文法的な誤りももちろん直されたが、手紙の内容まで踏み込んで、きちんと推敲してもらえたのがありがたかった。
文章の流れを損なうような冗長な決まり文句は、ずばずばと切って落とされた。
もっぱら「受験英語」を学んできた私は、Needless to say。(言うまでもないことだが…)などという「試験によく出る英熟語」を使うクセからなかなか抜け切れなかった。
しかし、そんな英文をKさんに見せようものなら、「『言わなくてもいい』のなら、書くこともないんじゃない?コレ、イラナイ」と言われては、線を引いて消されたものである。
これは大いに勉強になった。
ちょっと困ったことに、米国で編集者としての経歴もあるKさんのアドバイスを受けてあまりにも単刀直入な言い方に変えてしまうと、Iさんの目には逆にぶっきらぼうな印象を与えてしまうこともあった。
そのあたりはKさんからも、Iさんがお好きな言い回しがある、あまりアメリカ流に切ってしまってもよろしくない、などといった指摘をよく頂戴した。
もう一人、別のアメリカ人女性社員にも英文を見てもらったことがあったが、ロサンゼルス出身の彼女の英語のスタイルがまた違っていた。
実際、彼女が直したものをたまたまKさんに見せたら、その原稿がさらに真っ赤になるまで書き直されたことがあった。
「ネイティブスピーカーの英語といっても、人によって違うんだな…」と思いながら、これらのアドバイザーたちの間を右往左往していた私であった。
企業のトップだから、儀礼的な手紙などは中身もろくに読まないでサインだけするんだろうな、という当初の私の予想に反して、Iさんは、私が書いた手紙の草稿にはほとんどすべて目を通していた。
そして、2回に1回くらいは「こういうことも入れて欲しい」とか、「こういう表現にしたい」といった指示があった。
それだけに、手紙の内容には手が抜けなかった。
どういうことを書いたら良いか、そこは経験の豊かなKさんから指示を仰ぎながら、「こういうことを言いたいのだろうな」と推測しながら書き上げていった。
創業者世代のソニーのトップは、細かいことにけっこうこだわった。
大企業の経営者のことだから、些細なことはすべて「よきにはからえ」かと思っていたら大間違い。
相手への心遣いなど、小さなことほど逆に大切にする。
いかにも自らの手で会社を設立して今日の規模まで築き上げてきた創業者らしい。
英文レターの要諦それではここで、英文レターを作成する際のコツについて少々開陳することにしよう。
当時の私のノートには次の3箇条が書いてある。
平明なビジネスレターであろうと、役員クラスの重厚な千紙であろうと、このような基本原則は変わらない。
1.なるべくYOUを主語として書く。
やたらとI…(私は”)で始まる文ばかりが続くと、いかにも自己中心的な印象を与えやすい。
たとえば、I will set to you very soon.(それをすぐにお送りします)のようにIを主語とした文をやたらと繰り返すよりも、You will receive it very soon.のようにYOUを主語とした文を適宜、織り交ぜたほうがいい。
2できるだけ肯定的な表現を使う。
否定語が続くと、読み手をイヤな気分にしてしまいがちである。
たとえば、次のふたつの文のうち、どちらのほうが感じが良いか考えてみるといいだろう。
否定語を用いた前者は、何やら「カネを出さないとモノは渡さないぞ」といった脅迫めいた印象を与える。
後者のほうが好感をもたれやすいのは明らかだろう。
結論として相手に何を言いたい(またはしてもらいたい、尋ねたい)か、を明確にして書後年、後輩が書いた英文レターの添削を頼まれることがときどきあった。
たまに見かけたのは、たとえば「出荷が遅れた」とお客様に連絡するレターに、その言い訳ばかり書いてあって「どれくらい遅れて、いつごろ出荷できる」という肝心なことが書かれていない手紙。
たとえばこういった手合いだ。
「平素はたいへんお世話になっており、まことにありかとうございます。
さて先日ご注文をいただいた○○については、外注先の△△より調達している部品の一部に不備がありましたために…(以下、言い訳が延々と続く)。
昨日の会議でこの問題について事業部の△△部長、XX課長と話し合った結果…(以下、相手にとってはどうでもよい会議の議事録が延々と続き、そして最後にようやく)現在、製品の出荷を見合わせております…」ここには、肝心の出荷再開の見通しなどについてはいっさい触れていない。
さらにひどい場合は、自分のミスであっても詫びの言葉ひとつさえ書いていなかったりする。
この場合、相手がいちばん知りたいのは、問題の製品をいつ出荷してもらえるかである。
それがわからない場合でも、「再開の見通しが立ち次第、連絡を差し上げる」といったことくらいは書いておくべきだ。
にもかかわらず、こちら側の社内事情だけ延々と書いている。
書き手としては相手を煙に巻こうとしているのかもしれないが、これでは「あの会社は仕事ができない」という印象を与えるばかりである。
特に英文レターでは、結論から先に書くのが良いとされる。
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